三日目

ちょっと思いたって、銀行からお金をおろしてドンキホーテで洋服を買うことにした。ネットで調べると無人ATMは夜9時までに閉まるということだったので、急いで家を出た。4000円おろしてドンキホーテへ。ひとつだけいい服があったが、サイズがMではいりそうにない。無理してまで洋服買うのはよそうと考えていたので何も買わずにみせをでる。その足で近所のYAMADAへ。ここも夜9時に閉まるらしく、店内をさがしてDVDRコーナーについたら、帰れといわんばかりの「蛍の光」が流れていてあせらされた。YAMADAの店内にはあちらこちらにミラーが設置してあり、それで自分の姿をみてひどい自己嫌悪におちいる。この気分をひきずって家へもどり着替えなおし土手へ。道中、ラジオのようにして喋りつづけた。精神的にかなり参ってた。土手についてジョギング開始。やはり音楽をきく気分ではなかったのでナイナイのラジオ。2004年3月ごろ、矢部が急性胃腸炎。1キロ手前、普段ならいつも下の道へおりる階段、変な集団がたむろしていて怖かったので、信号をわたってから下へ降りる。風が強い。呼吸や肺もそうだが、なにより足にガタがきていた。フクラハギのあたりがじんじんする。折り返しのころにはフラフラになっていた。限界がきていて、あまりにつらくところどころ立ち止まる。昨日とおなじく5キロで音楽へ。それでも今日はたちなおることなく、最後までフラフラで8キロ。あまりの疲労感で走りきったときはやりとげた気持ちよさがあった。帰り道、交番前で身体の疲労をかんじながらぼーっとたっていて、ふと横を見ると若い女性が待っている。横を歩くのがきまずいので、わざとすぐ次の信号でたちどまる。すると、女性も信号待ち。自分の感の悪さが情けなかった。帰りはやはりプロコフィエフ交響曲、だいたい全部ききつくしたので、新しいのをいれたい。